切なくて愛おしい、そして哀しいということ

 こんにちは、花宮あずみです。
 皆さまがた、いかがお過ごしでしょうか?



 ご報告が遅れましたが、今月20日の夕方、18時49分に愛猫が息を引き取りました。
 20歳、老衰による腎不全と闘病中のことでした。


 この愛猫については、不思議なエピソードがあります。
 猫は(迷信でしょうが)、
「飼うときに、あらかじめ何歳まで一緒なのか決めておかないと、あとで化ける」
 と言われることもあります。
 あの子を飼い始めたとき、わたしは決めました。子猫であった愛猫を抱き上げて。
「キミはね、20歳まで一緒に生きるんだよ。わかった?」
 まだ幼かった愛猫は「うん」とうなずいたように見えました。
 それから、引っ越しを3回しました。
 3回目の引っ越し先で、愛猫は天に召されました。

 夫にこの話をすると、
「何処まで律儀な猫なんや……」
 と、涙ぐんでいました。


 猫の避けられない宿命として、腎不全があげられます。
 愛猫は慢性腎不全が急性化し、死に至ったものと思われます。
 さて、新居の近くの獣医さんに診ていただいたのですが、
「腎臓の数値と筋肉の衰え以外はすごいしっかりしていて、歯なんて全部揃ってる!」
 と、先生は驚かれていました。

 というのもその受診時は、4歳のそっくりな猫ちゃんの歯槽膿漏の手術日だったのです。
 見知らぬご夫婦の猫ちゃんですが、
「あらぁー、うちの子によう似てるわぁー! ハチワレちゃんやねー」
 と、猫ちゃんが入っている段ボール箱を見せていただきました。
 そこには、愛猫が若ければこんな感じだなぁ、という、ふっくらとした可愛いハチワレ猫ちゃんが居ました。
(愛猫は老衰と腎不全で、筋肉がごっそり落ちてしまっていました)

 たった4歳の猫ちゃんが歯を抜かれた隣のケージで、愛猫は治療を受けました。
 どの子もおそらくは、愛猫より幼いか若かった筈です。何しろ、20歳なのですから。
(猫の20歳は人間に換算すると100歳超にあたります)
「長老さまって感じだな」
 まだその頃「あと少し頑張れるかも」と思っていた夫は、微笑んでいました。

 4歳のハチワレちゃんに麻酔をかけて抜歯した先生が、何を思われたかまでは知りません。
 ですが最後の診察で先生は、
「20歳まで生きて歯も揃ってる猫ちゃんって、僕でも殆ど診ないです」
 と、おっしゃっていました。
「してあげられることはもうあまり無いですが……尊敬の念で接してさしあげて欲しいです」


 それから、少しして、愛猫は虹の橋を渡りました。
 愛猫の死を看取ったのはわたしだけでしたが(夫は仕事中だったので)、何故か「孤独じゃない」感覚に包まれていました。
 ラインで愛猫の為のルームを作り、そこで友人ふたりが見守ってくれていたのもあるでしょうが……。

 愛猫は意識が朦朧としているのか、うっすらと笑っているような眼差しで眠っていましたが、ときどき、意のままにならぬ身体をよじらせて、何か液体を吐いていました。わたしはその都度に愛猫の身体を支え、誤嚥したりしないように吐かせていました。
 決して「良い匂い」とはいえない、なんともいえない「匂い」なのに、わたしは不思議と話しかけていました。
「服ならなんぼでも洗える。ペットシートもたくさんある。吐きぃ、すっきりしぃ。そしたらねんねしような」
 今まで書いたことも呟いたこともありませんでしたが、わたしは嘔吐恐怖症です。
 吐かれるのが怖い、吐くのはもっと怖いしつらいしいやだ、という心因性の病気です。
 そんなわたしが愛猫の吐瀉物にまみれながら必死で看病できたのは、今でも不思議でたまりません。
「それはね、愛だよ。無償の愛だよ」
「わたしも子どもが居た頃はそうだったなあ」

 ──アガペー


 わたしは愛をしらない子どもでした。母性愛など、わかるはずもありません。
 しかし、わたしは共に過ごすうちに、愛猫に教えて貰った気がします。

 愛するということを。
 この子のためなら、なんでも「良い」と言われることはしてあげたい。そんな気持ちを。



 わたしのところにきてくれて、本当にありがとう。
 ずっと、ずっとずっと、キミのことは忘れないよ。
 もしかしたら、キミには弟か妹が出来るかも知れないけど、キミは唯一のキミ。

 わたしのいのちあるかぎり、キミはわたしの中でずっと、生き続ける。