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楽園を遠く離れて

−−−− 趣味とか日常、ときどき同人 −−−−

彼の横顔、満天の星空の下

 昨夜の自ツイートをまとめたものです。#楽園追放 のタグが付いていました。
 伊藤計劃先生の『ハーモニー』を読んで、ふと思い返したワンシーンでした。
 ユートピアディストピア  果たして『楽園』とは何か、何処に在るのか。


>「地上に残された人類は、もう滅ぶしかない旧世代なんだって」とアンジェラに言われ、うつむき加減のディンゴが顔をわずかに上げるシーンがありますが、その(横顔の)瞳が何とも言えないんですよね。
>「それでも俺はこの世界が愛おしい」みたいな。

>リアルワールドに生きる以上、いつかは消えるいのち、からだ  
>「そんな儚い存在なのに」とアンジェラは言いますが「儚いからこそ」って感じがするんですよね。
>儚いからこそ力強く精いっぱい生きていく、みたいな感じで。それがまた、たまらない作品です。

>きっと「死」を何度もディンゴは目の当たりにしてきたんだろうな、と。
>それでも「ディーヴァには行かない」と。
>もしディーヴァが本当に「楽園」ならば、彼はどうしたのか  
>やはり地上で生きることを選ぶのだろうなと(だからこういうことはブログに書けば良いのに)←


 駄文の中でわたしのえがくアンジェラは、ひとつの決断をします。
 それは「自分にとっての楽園とは?」です。


 ヒトは生まれ落ちる瞬間に、場所を選べません。それまではおかあさんの子宮の中で卵膜と羊水、そして臍帯で保護され育てられていますが、いつどのような瞬間に外の世界へ出てくるか、までは、ベテラン医師ですら予測出来ないことがあります(震災のときに産気づかれたおかあさんも少なくはありません)。

 わたしは日本に住んでいる日本人ですが、それは幾つもの偶然が重なったからに過ぎません。
 歴史に「もしも」はありませんが、もしもわたしの世代で大きくなくとも戦争が日本で起きたら、甚大災害が日本で頻発してしまったら、わたしは(あくまでも「もしも」の話ですが)日本に住んでいられなくなり、更に不自由な生活を何処かの国で強いられるかも知れないのです。
 それこそ、お荷物呼ばわりされながら。


 アンジェラはディンゴにとって、パートナーではあっても「お荷物」となることは無いでしょう。
 多少? 世間(リアルワールド)知らずで世話が焼けるロリぃ年齢不詳女性だな  とは思われるかも知れませんけれども、それ以上酷く思われることは無いと考えたいです(笑)。
 しかし、それはわたし個人の願望でしかなく、もしかしたらアンジェラはディンゴに「重たい」と思われることが今後あるかも知れません。彼のやや楽観的な性格上「こいつ重てぇ、面倒くせぇ!」と感じられることはあまり無いような気もしますけど。やはり個人的願望ですから、そこは。


 わたしには、入ってくる情報があまりにも少なく、よって人生における経験値も少なくなりますが、それでも文章を書くことはたまらなく楽しいです。
 後から読み返すと「何でこんなシーン書いたし」と思うようなことが少なくないです(笑)。自ツイートで「口からオリゴ糖〜」とよくあるのは「発情期を迎えた影艶が口から砂を吐いた、高河ゆん先生の『アーシアン』の影響が大きい」です。



「楽園とは何か。何処に在るのか」  それは他人に決めつけられるものではなく、そのいのちを生きている人が決めることです。
 少なくとも『アーシアン』では(同性愛の関係になったら死刑という世界の)ちはやと影艶、そして黒色ガンにおかされた黒い天使たちは「エデンで生きていくことは不可能だ」という決断を下しましたし、また『楽園追放』ではディンゴが「俺は誰かに値段をつけられ、裁かれながら生きてくのはまっぴらだ。奴隷になってまで楽園で暮らしたいとは思わない」とアンジェラに言い放っています。

 『アーシアン』と『楽園追放』は少し似ているかも知れないですね。
 ただ「エデンで暮らすのは無理」と思ったのが追放されかけた天使たちであるのに対し、「ディーヴァで暮らしたいとは思わない」と思っているのがリアルワールドのディンゴ、の相違点はありますが、結果としてアンジェラは「自分が暮らしていた楽園と思っていた世界」から追放されてしまいます。





 二元論にしたくなかった。
 ディーヴァにもリアルワールドにも良いところはあるよね  虚淵玄