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楽園を遠く離れて

−−−− 趣味とか日常、ときどき同人 −−−−

イチゴーイチハチ!

 さて、また話題は時間を遡ります。
 昨夜書けなかったのは、読んだ時間があまりにも遅くて、PCが使えなかったからです(PCは作業部屋にあり、その隣室が義母の部屋の為遅くまで使えない)。寝付きのかなり悪いわたしは、寝る前に何か本  小説でも漫画でも構わないので  お気に入りの本を読むのが癖になっています。



 昨夜のお供は『イチゴーイチハチ!』2巻でした。小学館ビッグコミックスから出ています。
 著者は『ガンスリンガー・ガール』の相田裕先生。

 いつか1巻で感動したわたしは、『イチゴーイチハチ!』のことを書きたいと思いつつも、どんくさく機会を逃していました。そして11月末には、待望の2巻が発売となりました。
 『イチゴーイチハチ!』の舞台は、埼玉県のとある私立の高校です。そして物語の主人公は、ひょんなことがきっかけとなり、生徒会に入ることになった生徒たちです。


 以下、ゆうべの自ツイートから引用です(#イチゴーイチハチ タグが付いています)。
 字数の関係で漢字になっている部分もありますが、こちらでは平仮名を使っています。
 はしょった部分も少しだけ足してあります。

>熱い青春だなぁ、と感じます。
>わたしの(高校の)青春はあんなに熱くはなかったけれど、良い思い出であり、今も青春真っ盛りです。
>年齢に関係無く、人が青春と感じたら、そのときが青春なのではないでしょうか?

>人を、特にとても大切な何かを失ってしまった人を元気付けることは、なかなか出来ることではないです。
>ですからわたしは、その人が立ち直るまで、寄り添い見守るしかないのです。
>(わたしは言葉が上手くないので)

>失ったからこそ見えてくるものもある。わたしはそう信じたいし、信じています。
>失うことは痛みを伴います。ですがその痛みを乗り越えた先に、(きっと)何かがあるのだと。
>痛みを(今現在は)乗り越えられない人も居るでしょう。でもその痛みは決して無益な痛みではないと、わたしは思います。



 かなり短いですが、これがわたしが『イチゴーイチハチ!』を読んで感じた、わたしなりの想いです。
 生きていて、何かを失わないなんてことは、決してありません。
 人生は常に取捨選択の道で、そこで選んだものを得て、選ばなかったものは失われてしまうのです。
 それが自分の意思によるものであろうとなかろうと、です。
 無論、自分で選んだものが手に入るわけでもありません。いばらの道。

 そんなトゲだらけの道で小さな手でふたつもみっつも選び、何も失わない人生を生きられるほど、ヒトは器用には出来ていません。しかし、そんな不器用なイキモノだからこそ、出来る何かがあるし得られる何かもあるし、経験出来る何かもあるし、それはときに凄く痛くてつらいことだけど、痛みからすらもヒトは何かを学べる・得られるんじゃないかな  というのがわたしの持論です。



 高校時代はわたしにとって、つらいこともあったけど、宝石のような時代でした。
 どうか、悔いのない学生時代を、学生の皆さんには送っていただきたいです。


 ……わたしはいろんなことがあって、大学を中退しました。未練はありましたが、後悔はありません。
 何故ならば、あのとき大学生活を続けていれば、現在わたしはこうして生きていることすら出来なかったかも知れないからです。

 わたしは、生きることを選びました。ほかに学ぶことなら家でも出来るからです。
 そしてこうして、今、下手ではありますが大好きな文章を書いています。
 これは、わたしや周囲が乗り越えた痛みが与えてくれたもの。そう思っています。

 学校か仕事のステイタスが無い奴は駄目だ  と、わたしが選んだ道を否定されたこともありましたが、わたしはそう言った人を選びませんでした。ステイタスなんて、どうでも良いんです。言われた当時は酷く落ち込んだりもしましたが、いのちあっての物種ですから。

 ですが、いのちが無ければ何も出来ない、というわけでもありません。
 昨日亡くなられた水木しげる先生のように、人のこころの中に生き続けることも出来るのですから。
 ただ、わたしにそれはまだ早かったようで、寸前で追い返されましたけれども(苦笑)。


 いろんな人が居るように、いろんな人生があります。
 それを否定するようなことを、事情も知らずに口にすることは、狭量ではないでしょうか。
 少なくとも、わたしはそう思います。